ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

臨海学校が中坊、一年生の夏に行った話(まずは準備段階)

 中坊の夏休みで覚えているのは、夏休み中に臨海学校があるから、泳ぎの練習をしなければならないのだか。中学校にはプールがなく、隣の小学校のプールを借りて、ともかくカナヅチ撲滅を目標として、中坊達を泳がせた。ワタシは運よく、泳げたので、必死な形相をせずに夏休みプール教室は過ごせた。といっても大した水泳小僧ではなく、50メートルは自己流で泳げる程度。

 臨海学校は遠泳・中泳の二つに分かれ、ワタシは中泳コースに入った。泳法は何でもよい。でも、全員、平泳ぎで、自由形は誰もいない。海面に顔をつけるのは海水が目に染みてNGだ。水泳用のゴーグルなんてしゃれたものはないから。顔をずっと出して、泳ぐのだ。クラス全員強制参加でただひたすら泳ぐ、また距離を長く泳ぐことであった。先生が指導するのだか、きちんとした泳法ではなく、適当なものだった。

 水泳教室最終日。中坊達をプールに沿って、歩かせる。水の抵抗力があって、炎天下の中、汗が流れる。先生が笛を吹いて、そのリズムで水中歩行する。暫くすると、センセイは浮き身の姿勢(うつ伏せ体勢)になれと指示する。中坊、まだ、半年前は小坊だったので、云う通りにやる。そうすると、浮かぶ体に流される。おバカな中坊だから、これに感動し、

「流れるプールみたい」

 と目を輝かして、喜ぶ。都内に流れるプール、その頃は人気があった。だか、水泳教室参加した中坊全員が流れるプール体験者なのだろうか?ワタシはトーチャンに一度、夜、ブルブル震える中、流れるプールを体験したが、どうってことはなかった。水泳教室の疑似流れるプール体験は皆が騒いでいるので、ボクも便乗して騒ぐので、本当は喜んでいなかった。先生はドヤ顔で流れるプールモドキを指揮していた。

          ☆          ☆

 前に書いたけど、小坊の頃は海の汚染で延期になった、いわくつきの臨海学校。どうして、中坊の時に復活したか、わからない。夏休みに近づくと、急に浮上していた臨海教室。そのせい、水泳教室を開催しても、中坊達は余り盛り上がらず、そのせいか、準備にもカーチャンは前日の夜で、持っていく水着(その日も水泳教室だったので、湿り気あった)など何にぶち込むか(鞄がない!)思案していた。カーちゃん、小坊六年生の時につかったリックを押し入れから取り出して、荷物を入れた。

 当日、リックを背負うとしたら、肩からのベルトがきつくて、無理だった。肩が入らないよ!ワタシは困った。成長時期だから、一年過ぎたら、もう使えないのだ。そこで、トーチャンがビニール紐を出して、短い肩ベルトをビニール紐で延長させて、どうにか背負うようにさせて、

行ってらっしゃい!!

 とワタシを中学校へ行かせたのだ。

では、また・・(続く)

 

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