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ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

 中央線 編 首都圏沿線批評委員会

地域

中央線誕生

 東京都の地図を左右に一直線引くと、そこには中央線になる。明治時代これをやって中央線が誕生した。高度経済成長時代からどんどん通勤圏が山梨県まで進んでしまった。

昭和の頃の中央線(勿論、戦後である)

 ワタシが学生の頃、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪と学生向けの下宿が多かった。六畳一間で共同トイレ(和式)、風呂なしである。新宿で飲み明かして、寝るためダチの下宿に潜り込んだこともあった。下宿屋の大家さんに見つかって「あなたは誰と?」と問い質されて参ったときがあった。

沿線の利用者

 中央線は学生がよく利用している。沿線には偏差値の高い学校も多く、ガラの悪い、偏差値が低い学校は駆逐されてしまった。中央線を利用している人々は中産階級が多い。また学歴も大卒が多い。

沿線の特徴

 文教地区沿線と云ってもいいのではないか。山の手文化の担い手が中央線沿線住民である。風俗には目もくれずに家族が待っている自宅に帰り、家族パーティを開いている人達が多く住んでいるのだ。ホームパーティを開く程の開放感、面の厚さは持っていなく、小市民的価値観である。選挙行動は浮動票が多いが、いざとなったら保守となる。現状には不満があるが、体制が変わる程の変革については躊躇する。グローバルに対しては理解があるが、職が奪われる危機にはナショナリストに変貌する。

沿線住人の格差

 立川、八王子住民とは同じ沿線だが、一体感はない。彼らのように土着意識はないのである。SNSの普及度は高く、意識の高い住民である。情報発信はしないが、蒐集能力はバツグンである。新宿に対しては昔ほと愛着感はなく、吉祥寺通いが定着している。

中央線沿線住民は・・

 中央線沿線住民は通勤、通学以外には行動能力は低く、沿線活動だけで生活が成り立つので、他所の地に進出はしない。冒険は好まないのだ。

 

 では、また・・