ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

小学生 文集 辛い思い出だった

2年に一回は文集作成

 ワタシが登校していた小学校(公立学校ですよ)は2年に一回(2年坊、4年坊、6年坊の場合は卒業文集となるから、この時だけは全校公開ではない)、文集を作る。製本して、ご家庭で読んでくださいと連絡帳に書かれて、トーチャン、カーチャンが文集を見る。

添削された作文が文集です

 トーチャンが文集を手にしてページをめくり、あれ、お前こんなこと思っているんだ。感心、感心、大人びた言葉も使って と微笑む。カーチャンは笑いを堪え、ネーチャンは冷たい視線をし、フンと鼻をならす。文集に書かれていることはワタシの文章ではなく、センセイの原稿用紙に赤字でびっしり埋めた文字であった。

学芸会について 4年坊の時の作文

 4年生の時、学芸会で準主役をやらされた経験談を書いたが、いやいややったことを書いていたのだが、全削除されて、赤字で積極的なボクを書かれ、どんどん練習をつんでいくボクが生き生きと描かれている。ステップアップの道というのだろうか。どんどん自分が自信を持って、発表会当日、BGMは流れる。そして、ボクは舞台に上がると、サクセスストーリーになってしまった。実際のボクとはかけ離れたボクになってしまったが、そんな事はどうでもいい。文集のボクが輝いていればいいのだ。

2年ごとに代わる作文テーマ

 担任のセンセイが代わるたびに文集においてワタシの姿勢が変わる。2年坊の時は子供子供している、かわいい子を演じ、4年坊は夢ある世界に羽ばたく、6年坊はリアルな目で自分を見つめ、センセイの検閲は少なく、児童の生の言葉を重視した。

6年坊の時は苦労して、カーチャンに頼んだ

 卒業文集では、自分の立ち位置を確認しようと今の自分についての考えを書くことになった。しかし、そんなことワタシには頭に思いつかず、困ってしまったのだ。どうしょうと悩んでいたら、カーチャンが何を悩んでいるの?と云われて、今の状態を云ったら、よし、ワタシが下書きを書いてあげるよ簡単に云ってくれた。文章苦手にボクは下書きをそのままコピペして、提出。

卒業文集を読むと、byトーチャン

 卒業文集が出来上がり、卒業式の日、家に帰ってトーチャンに卒業文集を渡して、遊びに出掛けた。その夜、トーチャンは これ、カーチャンが書いたなと云われた。どうしてわかったの?と尋ねたら、家でのお手伝いのことを書いたけど、これはどう見ても、家事に対する愚痴だよなと渋い顔している。そういえば思い出した。家事には日曜日はないって母は云っていましたなんてことを書いた記憶を思い出す。

 では、また・・