ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

ドラマ ありがとう 第3シリーズ 終了

ありがとう 第3シリーズ 記憶にない

 ドラマ ありがとう (第3シリーズ)の再放送が終わってしまった。前半の頃は見た記憶が思い出したが、後半になるとまったくない。たぶん、カーチャンが違う番組にチャンネルを変えてしまったかもしれない。歌「すずかけの街」が頻繁に流れたが、まったく記憶がない。

個人営業の興亡史

 今回のドラマは個人商店の4店の集まって四軒市場の舞台となっている。この時代は個人がメインとなって働ける場所があった。やがて、個人の時代から、法人の時代に移り、勤労者が殆ど会社員になってしまった。個人が働くのが難しい世の中になってしまったのだ。ひきこもり、途中でリタイヤ者には厳しい世界となってしまった。個人経営によって救われていた人々が生きずらい世界に変質してしまった。

 ガキの頃は10軒以下の小さい商店街がまだあった。八百屋、肉屋、魚屋、薬屋(化粧品も売っていた)、電器屋、金物屋、乾物屋などがこじんまりと並んでいた。カーチャンは買い物カゴを持って、毎日夕食のおかずを買っていた。歳末になると商店街主催のくじ引き、抽選器(ガラガラ回して、小さい色の付いた玉が出る)でにぎわっていた。景品は地味だった。一等がラジオだった記憶がある。

 しかし、駅前のスーパーの安値攻勢で商店街からは人がいなくなる。駅前スーパーも駐車場がある、欲しいものが全て売っている郊外大型スーパーに追いやれる。そして、残ったのはシャッター通りだけだった。

ドラマ ありがとう の時代は・・

 まだ、この時代、戦争の傷跡は残る。加害者意識はなく、被害者意識であった。戦争は悲惨なものとした考えが誰にでも持っていたのだ。貧しさからの脱却がスローガンとなって突き進む。まずは衣食住が充たされることが夢である。視聴者には共通の考えだ。ともかく、国内だけでの自活できる経済を持つことが第一で、海外進出なんて夢のまた夢だった。

インフレ、人手不足時代からデフレ、利益不足時代へと

 ありがとうの頃はインフレの時代で、人手不足の時代である。人手が少ないことで逆手に取り機械化へと進む。うまく世の中は回っていた。今のようなデフレ化の中での機械化とは異なる。利益不足(儲けが少ない)の時代の機械化はコスト削減に過ぎない。いかに人手を削減し、利益をあげるかだけである。今の世の中、確かにうまく回っていない。どこかに流れが止まっているようだ。

 いったい、あの頃(ありがとうの時代)と何が違うのか?

では、また・・

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