ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

ドラマ ありがとう 第3シリーズ 肝っ玉かあさん 第3シリーズ 違いと類似について

 ドラマ ありがとう 、ドラマ 肝っ玉かあさん は同じTBSテレビで放送時間も同じでプロジューサーも同じだった。両ドラマもホームドラマの全盛時代の作品である。

 主人公は共に女性であるが、年代は違っている。 ありがとうは戦後生まれ、肝っ玉かあさんは大正生まれだ。

肝っ玉かあさんは非戦主義

 肝っ玉かあさんは戦争体験者から戦後についての思うことがセリフで表現している。

 もう、戦争はこりごり。戦争被害者としての意見。当時のこの世代の大部分の国民は被害者として受け止めていた。時代を乗り越えた倫理感は存在する。人として、どう行動すべきか。伝統から学ばなければならない。女は嫁ぐべきだ。長男はできれば同居し、老後の面倒もして欲しいが、足手まといにはなりたくない。寝たきりなどにはなりたくない。

ありがとうは無関心戦争観

 ありがとうのヒロインと同年代の出演者の戦争観などもセリフに含まれている。

 戦争、親たちの世代の話でしょ。傍観者としての戦争観だから、なにもない。時代にあった倫理観で、時代が表現している倫理観を持っている。将来に夢があり、どちらかというと物質的な豊かを求めている。車、家を持つことをワンステップとして進む。まだ、女の幸せは結婚で、子供を産むことは当然であった。しかし、嫁、舅問題に対しては別居は当たり前。好きな人と結婚する。恋愛至上主義だ。老後についてはバラ色の老後が待っているかもしれないと不確実な夢を持っていた。

 

共通点は?

 女の幸せ、結婚でドラマを盛り上がらせて、年頃の男女をつなげて、あとはどうにかなるだろうとノー天気な未来を見せようとする。愛こそすべて で収めて、これで将来も安心だと云いきる自信に満ちた根拠はどこから来たのかわからない。悪い予感のかけらもなかった。

この先はいったいどうなったか?

肝っ玉かあさんの場合

 原宿でそば屋を営んでいたが、地上げで、新天地で心機一転するが、個人営業のそば屋では価格競争にも勝てずについに閉店の憂き目にあう。家族経営が通用しなくなり、肝っ玉かあさんは諦めて、ひっそりと東京に住んでいた。晩年は孫に囲まれて、それなりに過ごしていた。

ありがとうの場合

 駅前のスーパーの安売り攻勢でこれまた、店を閉じる。しかし、定年まで勤め上げた主人公(ヒロイン)の夫と今、それなりの老後を過ごしている。四軒市場は今はなく、マンションが建てられていた。こんな筈ではなかったと後悔がたまに頭の中によぎってしまう。

結局、ハッピーエンドにはならなかった!

では、また・・