読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

ここはニホンだよね。いや、アジアだよ。えっ、ニッポンはどこ?

思うこと 無職

街でも出てみようか!

 街で出てみた。

 配偶者から、家ばかり籠もらずに、書を捨て、街にでも出たらと云われて渋々、街(繁華街)に出掛けてみた。都会に出るには郊外に住む私(田舎である)はまず鉄道に乗って小一時間は掛かる。それに最寄りの駅にはバスに乗らなければならない。歩くには距離がありすぎる。バスにはオジイチャン、オバアチャンが席を占領している。ワタシだって、もう少し年が取れば、優先席に座る資格はあるが、まだ中途半端だあるから、立つしかない。中には座っているガキがいるのには腹が立つ。こういうガキは親の云うことなんて聞かずに地団駄踏んで口惜しがるなんて当たり前で、だめでしょ、こわーいおじさんが見ているでしょ 席を立ちなさい とワタシをその親子が指さすのだ。親から叱られる教材となってしまったワタシは大人しくするしかない。ジイサン達は目を細めて、微笑んでいるのだ。ガキには優しいジイサンだった。

 電車に乗り込むと今度は中年のオバチャンが席を陣取っている。隣、近所の連中の報告で始まり、悪口大会が開催された。自分以外は全て悪人になってしまい、善人に残ったのは話しをしているオバチャンだ。オバチャンが大好きなのはガキに対しは厳しいこと。反論したら、毒を吐き、容赦なくトドメを差すのだから、ガキも寄っては来ない。オバチャンの歓声を我慢すれば、居心地のいい電車になる。

街に着いた!

 電車から押し出されて、都会にやって来た。オジイチャン、オバアチャンもいる、オバチャンもいる。ガキもいる。いかれた若者もいる。そして、日本語が通じない人々も多い。ハングル、漢字のみの看板もある。都会のご町内一周をするため、またバスに乗る。バスには日本語、中国語、ハングルと三種類の言葉が車内掲示板に流れる。乗客もそれなりの人員構成になり、ハングル語、中国語が飛び合う。バスを降りると喉が渇いたので、近くのコンビニへ。レジにはチャイナ、インドの女性が店員として働いている。たどたどしい日本語で応対をしている。人手不足だからって、すぐに外国人を雇うのかとトランプのように怒鳴りたくなる。駅ビルには若者たちが列を作り、お茶をしている。こちらはコンビニで買ったペットボトルで乾きを癒している。

 ここはアジアだ。多国籍の人々だ。グローバルだ。でも、何か割り切れない生理的な嫌悪感を抱いてしまう。トランプを馬鹿にするなかれ。この生理的な嫌悪感がトランプを動かしているって実感した。

では、また・・