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ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

新入社員の研修って、ワタシもあった。そんなことを思い出す。

講師はサッカー協会の人だった。

 サクラがすっかり散ると、この頃、新入社員の研修があった。こんなワタシでも、社員研修を受けた。取引銀行主催の研修会でよその新入社員も出席していて、研修内容は挨拶の仕方、電話をかけ方、受け方などがあった。

 舞台に固定電話を置いて、まず、講師(ベテランの女性講師)が電話の応対の模範解答をする。それから、受講者が舞台に出て、模範解答とは違って少し変化をつけた電話が講師から掛かってきて、受講者がおたおたうろたえる。笑いながら、講師は解答を教えるのだった。電話の受け答えはすぐに忘れてしまった。

 最後の締めの講演会は日本サッカー協会のテレビに出ている人で、有名な人だった。話の内容は非根性論でスポーツ科学を重視する感じだったと思う。(ぼんやりとした記憶しかない)メキシコ五輪の時の日本の活躍も話していた。日本が世界で活躍した話と言えば、この話が鉄板だった。まさかこんなに日本でサッカーが盛んになるとは・・時代を感じる。。今から思えば、サインでも貰っておけばと残念な気持ちになる。

銀座で飲みたかったなあ

 研修会の帰り(銀座あたりだったと記憶している)に飲もうかと話が出たのだか、女子社員が地元(多摩地区)でなければ嫌だと言ったためにお流れになってしまった。その週末、地元で飲むこととなり、その日は会社が休みで、ワタシはわざわざ地元に行き、飲むこととなった。女子社員ははしゃいでいたけど、ワタシは銀座で飲みたかったなあ。なぜ、女子社員が地元に固執したかは今でもわからない。

初心者マークは黄色のネームプレイト

 研修の時の報告書を書いた記憶はない。会社としても、一応、社員教育はしていますよとアリバイ工作につかった研修だったと思う。一日コースで研修は終わってしまい、4月の中旬には即、職場に組み込まれてしまった。入社して三ヶ月間は定時で上がることが決まり事だったのだが、ワタシ達の頃から撤廃されて、即、残業タイムと突入となってしまった。新入社員はネームプレイトが黄色で、3ヶ月(試用期間)過ぎたら、白色となり、新入社員のマークは消える。

怒る上司達

 出来の悪いワタシは二年間、隠れ初心者マーク(部課長承認済み)をつけていて、部課長の怒号(今で言うパワハラでひどかったなあ)にも開き直ってふてくされて聞いていた。でも、単純な頑固オヤジの怒号だったので、まあ、耐えていた。怒る上司は顔が真っ赤になり、ワタシは上司の顔を見つめ、血圧が上がりますよと入らぬ事を言って、上司は更にヒートアップしてしまった。隠れて、上司が胃薬を飲んでいた。それを見てしまい、上司はまたまた怒り出す。相性が悪かったのだ。

では、また・・