ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

わざとではないよ。ただ、ひと言・・ ごめんなさい

あいつ先を走っているけど?

 あれっと、そうなんだって本を読んで思ったことはよくあるげど、年を増すにつれて感度が鈍っていく。単純に言えば鈍感になってしまった。でも、若い頃の感度のいいからと言っても、これがプラスになるとは限らない。感度がいいと一人、悦に入ってしまい、傍から見るとあいつ、独りよがりで突っぱしっているなあと遠巻きで見られて、本人もこれはまずいと思い、恐る恐る、後を振り向くと、ああ、やっぱり誰も後にはついていない。

若い奴らを理解しているぞ。それなりに

 話を変わって・・ある程度の年を増すと、十代に対して理解度があることを同年配の連中に知らしめたい願望がある。

 例えば、聴いている音楽などをワザとイヤホンを外して、音が外に漏れる。何だ、これは 同年配の連中に聞かれると、すましている顔をして、××だよ と答える。同年配の連中は勿論、聞いたことがない。きょとんとすると、これは見事に嵌ったと頭の中でにんまり顔になる。××についてのプチ知識をさらりと言って、同年配の連中もあっ、それなの と気づけば、もう御の字である。同年配の連中は あいつ、意外と流行を知っていると思われる。これに味をしめて、これをてこにして、十代に理解ある人に近づこうとすると大やけどになる。本人も無理をしているし、周りで見ていると痛々しい光景になってしまう。

もう少し理解度をアップさせると

 ある人は子供が聴いている音楽を間違えてダウンロードしたら、なかなか良くてねえと言って聴いていたが、いざカラオケになると、歌いたいリストには入っていない。ワタシは気を効かして、この曲もどうですか なんて声を掛けると、こんな曲、知らんとへそを曲げる。

ひと言多かったみたい

 足下をすくってやろうと思ってはいないけど、ある人には悪意ある行為と思われてしまう。ワタシは人徳のなさに嘆いてみても、どうなるものではなし。つい、ひと言、言ってしまう軽薄な自分を恨むしかないようだ。何か言いたくなってしまう心を自制が効かなずに暴走してしまう。わかっちゃいるけどやめられないのだ。直したい気持ちはあるけど、ままならない。

まとまらないことになってしまった

 反省しなければ・・人には厳しく、自分には甘い。ああ、なんて奴だろう。自意識過剰だと言われれば、ノーと言えない。どーでもいいことへ進んでしまった。今日はまったく、どうしたのだろうか。自己嫌悪だよ、これは。まとまらない、曖昧領域に入り込んでしまった。

では、また・・