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ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

楽しき少年野球!根性論でやっているよ by小坊(小学生)

トーチャン、野球を教えて!

 前にも書いたけど、野球教本っていうのがあって、ワタシの頃は監修がON時代だから長嶋、王だった。トーチャンに買って貰ったのが、王選手監修だった。ミスターの教本もそれなり理論はあるけれど、最後はボールがバーっときたら、グーっと構えて、パンと打つなんて感覚になるだろうって勝手に想像して、トーチャンは王選手の教本を選んだかもしれない。ワタシはミスターの教本も欲しかった。

インフィールドフライってあるんだ!

 野球教本を読んで、そうだったのかって思ったのは、インフィールドフライだ。三角ベースでやっていたワタシ達、小坊はそんなルールなんて知らなかった。だから、満塁の時、フライをキャッチしない場合はわざとではなく、エラーで、あざとくわざと落とす芸は小坊には持っていない。但し、タッチアップは適応していた。

変化球を覚えたけれど

 ルール解説は教本だから、薄い感じで、例えば、変化球の投げ方、基本的なバッティングの説明などで、野球教本から、カーブ、シュートの投げ方を覚えたけど、ワタシの場合、投げる時に腕の曲げ方でわかってしまう。変化度合いはカーブの時、ションベンカーブ(だらりとした上下の動きの球種)、シュートの時、切れ味の鈍い曲がるもので、打者に立ってまったく脅威を感じないへなちょこ変化球だった。

少年野球に参戦!

 野球教本を読んで、頭でっかち野球になっていたけど、頭でっかちの小坊はうじゃうじゃいた。実戦経験が乏しい小坊は野球教本で理論武装し、少年野球のチームに入っていく。しかし、受け入れてくれる少年野球の監督はただ根性論至上主義者で、更に練習中に水分を取るなんてとんでもない奴だと炎天下、水分を隠れて取っている小坊達を見つけては、グランドを三周と怒鳴り、竹刀を持って文句をいう。技術指導はしない。だって、知らないんだもん。なぜ、少年野球監督になったのと尋ねれば、野球好きが高じてなった方が多い。でも、生活に余裕がないと少年監督にはなれなかった。若い頃、学生野球を経験者は意外にすくない。だから、当時、めちゃくちゃな指導が多かった。試合をしている時、一番カッカと熱くなっていたのは監督で、作戦なんてのはなく、馬鹿でもいいから、ともかく塁に進めだけだった。盗塁くらいは行け行けの指導はできたけど、バント、スクイズなど技術の必要なものなどは監督からの指導を受けていない。でも小坊は頭で習得しているのだ。ただし、実戦はないのだ。

 最終回の攻撃、チャンスが来た。満塁となった。全て、四球で塁が溜まる。

 ここは勝負の別れ道というときに監督は血迷い、スクイズを強行する。経験のない打者、走者はビビり、体は堅くなる。口は元々渇いているが、更に乾き、炎天下で正常な頭の動きは鈍く、でも、スクイズのGOサインは出てしまっていた。

 そして、結果は・・。相手のチームもスクイズ対策の守備なども不十分、お互いに不十分。だから、五分五分の勝負となり、外から見ていると結構、熱戦じゃないかと見えてくる。

 でも、勝敗はあっけなかった。スクイズバントの構えのまま、死球を受けてしまい、

これがサヨナラとなってしまった。死球を受けてうずくまっている打者は監督の視野にはなく、本塁に駆け込む走者を抱きしめて、監督は歓声をあげていた。

では、また・・