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ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

忌野清志郎が亡くなった。RCのコンサートを思い出す!

忌野清志郎が亡くなった

 2009年5月2日に忌野清志郎が亡くなり、5月9日、ロック葬が催された。この日は会社の展示会が一日あって、ロック葬には行けなかった。ワタシが行ったからどうなるわけでもない。

RCサクセションってワタシには

 RCサクセションは社会人二年目の時にはまり、毎日、RCの曲をカーステレオからガンガン聴いていた。聴くだけでは満足ができずに、コンサートにも行くようになり、会社に化粧して出社は無理だったので、せめて髪の毛でもってと思い、Dep(整髪剤)を使って、髪の毛を立てていた。上司からはしようもない部下で何かを考えているのかさっぱりわからない奴と思われていた。そんな輩でも雇ってくれたのだから、懐が広い会社だった。

 アルバムはCDよりはまだレコード時代で、給料を貰っては地道にLPを買って、揃えていた。レコードを買ったら、カセットテープに録音して、車で聴く。ウォークマンが流行っていたが、他にもいろいろと掛かるので手が出せなかった。

コンサートは西武球場だった

 コンサートの会場は西武球場だった。一回目はジョイントコンサートでシーナ・アンド・ロケッツ、吉川晃司などが出ていた。殆どの客がRC目当てだったので、他のアーティストの演奏時にはトイレの準備、買い物(飲み物)で席にはいなく、頭に来たアーティストが文句を言っていたが、お客はまったく無視していた。

 2回目は単独コンサートで、開演2時間前にはひどい夕立だったが、開演時間には雨が止んでいた。清志郎が オレのおかげで雨が止んだ とマイクで怒鳴っていた。その日の西武線沿線の車内は度派手な服装をしたRCファンが乗っていて、電車の利用者は驚きの表情で一緒に電車を乗っていた。西武球場前駅から降りてくる乗客の異様なコスチュームはなかなかの壮観で、男も女も顔を化粧していた。でも、大人しくコンサート会場に黙々と向かっていく。ワタシは友人と西武球場で待ち合わせをして、行くことになった。

 友人は西武球場の近くの駐車場に車を停めてきた。友人がその途中、ガソリンスタンドで給油したとき、その店主が清志郎の親類でチケットを貰ったので、子供達が行ったと話をしていた。店主が言う清志郎は義理堅く、親戚づきあいもちゃんとし、普通の人であるとのこと。

 曲が流れる。たどたどしい記憶だとビートルズの曲が初っぱなに流れたかと思うけど、定かではない。最後の曲は残念ながら、記憶がない。記録しておけばよかった。

では、また・・