ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

昨日は端午の節句だっけ。風呂は菖蒲湯だった!

昨日も祝日

 昨日は5月5日、子供の日、端午の節句でもあるけど、男の子の節句はテレビを見ていてもあまり取り上げていなかった。男女平等精神には反したものだろうからか。そういえば鯉のぼりはテレビで取り上げていた。

ガキの頃の5月5日は?

 ガキの頃、記憶は定かではないが、五月人形を飾ったことがあった。兜(兜のお金はカーチャンが失業保険から捻出したらしく、十代後半になっても、この季節になるとよーく言われた。ただし、もうその頃は飾っていない)鯉のぼりを揚げるため、トーチャンが丸太を家の庭に立てたらしい。鯉のぼりが空に舞っている光景の記憶はない。柱のキズはつけて、背の成長を見ていた記憶はあるが、柏餅、ちまきなどは食べていない。わが家は甘いものが好きでなかったからトーチャン、カーチャン達が食べる習慣がなかったかもしれない。しょうき(鍾馗)人形、金太郎人形を飾った。(ケースからは出さなかった)トーチャン、カーチャン達は歴史的うんぬんで端午の節句を祝っているのではなく、周りがやっているからやっていたにすぎなかった。小坊の頃になると、まったくお祝いなどはせず、5月5日は祝日なんだという感覚だった。

5月5日は休みだよね

 GWだからって、どこへ行くわけもなく、ただトーチャンは昼起きて、太陽を浴びながら、瓶ビール(キリンラガービール)を飲んでいた。カーチャンは朝、昼兼用の食事を作っていた。テレビをつけて何かを見ている光景しか思い浮かばない。妹は男の子の節句だからってふて腐ることなく、ご飯を食べたら遊びに出掛けていた。

この頃の気象変化には

 この季節の頃は長袖から半袖に変わる頃で微妙だった。朝はちょいと半袖では寒いが、昼間は暑くなる。夜になると寒くなり、一日通しで同じ格好ができずに一人でイライラしていた。今はしじいになって、長袖で通している。血気がなくなったので、大人しくなったのか。でも、血圧が高くなったのはどういうことか。

 花粉症も一段落したら、今度は黄砂が来襲する。ガキの頃の家は部屋の中にいてもすきま風を感じ、家の中もほこりっぽい。風が強いときはテーブルを拭いても拭いてもテーブルの上には埃がたまっていた。その頃、アレルギーが酷かったらと思うとぞっとする。今は空気洗浄機の中で暮らしている。外に出るときはマスクをして出て行く。

 昨日の夜、そういえば、菖蒲湯だった。配偶者が用意してくれた。感謝、感謝。だけど菖蒲の香りがせず、端午の節句の湯船には残念なことにイマイチだったことを一晩明けたら、気がついた。

では、また・・