ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

この季節、遠足。山といえば高尾山だよね

高尾山は小学校遠足の王道です

 春は遠足。その春の中、一番、遠足で忙しい頃は今である。遠足で十八番、王道と言えば(関東地方、詳しくは東京・およびその周辺県)高尾山の名前が絶対に出る。山、関連の遠足へGOサインが出れば、行くところは高尾山しか頭に浮かばない。他に山はないのかと問われると、そうだな 筑波山があるけど、まあ、茨城県の小学校に任せておけばいい。

まずはバスに乗って

 高尾山の登頂にはまず小学校に集まった小坊をバスに乗せて、高尾山・登山口に行く。乗っている小坊・先生も高尾山なのって感じで、あまり期待しない遠足である。山の遠足の鉄板モノだからかもしれない。でも、今のような知名度てはなかった。そこそこの知名度と言っていい。

 歩かないで、乗り物に乗って上へと進んでいき、寺院などを通り過ぎて、進んでいく。ここで信心深く、お参りというわけにはいかないのだ。学校行事で宗教行為はNGなのでスルーした。これは嘘でしょ。深い意味はなんてなく、ただ寺院で暴れる小坊が面倒なのでお参りをパスしたかっただけかもしれない。もし地元の郷土史研究家がボランティアとして小坊たちに高尾山の歴史なんて事前に教えていても、心ない小坊は関係ねえよってほざいていたと思う。遠足はそんな教育的配慮が必要でない行事である。だから、遠足の意義なんい小難しいことは絶対にしない。ただ山頂ので昇りつめて無事に下っていくだけで充分である。

お弁当を開いて、あとはおやつタイム

 山頂に着くと、はい、お弁当の時間で、てきとーにビニール製の風呂敷を敷いて、その上に座り込んで、弁当を食べる。それが終わると、おやつタイムとなる。おやつ費用は制限があるが、絶対に守らないものであった。しかし、カーチャンは頑なに守ってしまい、華がないおやつだった。よく、親戚、知人、近所の人から前日に頂いたチョコレート(これが大判で、小坊用のリュックサックに入れるとスペースが取られる)を持参するが、暑さでべとべととなり、食べられたものではない。しかし、チョコの甘みは変わらない。ワタシはこういう貧富の差を見せつけられて、溶けてざまぁーみろ と恨んでいたが、顔には 大変だねえ みたいな表情をして、チョコをくれないかと思っていたが、演じ方がイマイチだったのか、誰もワタシにはチョコの一切れもくれなかった。おやつタイムには時間指定があり、登山中は飲み物(水筒に入っている水)以外は御法度で、まあ、その頃、ペットボトルのミネラルウォーターなんてしゃれたものはなく、水筒から飲む、ただの水道水で渇きをいやしていた。

 では、下山ということになり、ワタシは気合いを入れるため、あめ玉を口に放り込んだ。厳密に言えば、この行為、おやつタイム以外に口にしたのだからNGである。ついてない時はダメである。保健の先生(養護教師)に見つかり、思い切り、頭を上から叩かれた。へたしたら、舌を噛んだかも知れない。恐ろしい先生だった。

またバスに乗って帰る

 高尾山を下って、またバスに乗り込む。バスガイドはおつかれさまといい、そして、バスガイドさんの車中での案内はせずに、お昼寝となる。学校に着くと、校内放送でボリュームめい一杯にして、 ただいま 子供達が帰ってきました とはた迷惑な放送を学校の周りに向かってしていた。

では、また・・