ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

小坊6年生 修学旅行と云えば・・・日光でしょ!

 6年生になったら、積み立ての修学旅行代も貯まり、では、行くべえとなり、行く先は日光だった。南関東では日光は小学生のお泊まり教室の最終到達点で、修学旅行としてはまあまあ常套な所である。PTAからも文句は言われない。北関東の小学校では箱根までは行かずに手前の鎌倉、江ノ島になると聞く。小坊の時、ワタシは日帰り遠足として箱根はあり、芦ノ湖あたりまで足を伸ばして行く。ロマンスカーではなく、バスで行く。付き添いのセンセーとしてはうろちょろしているガキを統率するにはバスしかない。鎌倉の大仏を背にして、記念写真を撮った記憶がある。

 日光へ行くには、バス一本は難しく、東武鉄道を利用する。北千住あたりで電車に乗り込む。四人掛けのボックス席などはなく、通勤、通学に利用しているごく普通の車両を特別編成のダイヤを組んで貰い、東武日光駅へと行く。駅からは地元のバス会社のバスで日光見学をする。初日は日光東照宮にお参りである。前回も書いたが、東照宮にお参りは特定の宗教への行為(東照宮神道だっけ?)であるが、どういうわけか認めて貰い、お賽銭を投げ入れて、家内安全などを祈る。中には、お受験組は合格祈願を祈り、それぞれの立場で祈祷をする。その頃はお受験組は隠れて、公立中学へ進学するかのように偽装していた。あいつ、受験かよ と妬みを受けて、お受験に悪影響を受けてはたまらないと思っていたのだろう。

 その夜は市営の保養所で泊まる。住んでいるところと違い、一日の寒暖差があり、事前に配られたパンフレットで要注意の項目で、長袖のパジャマ持参だった。ジャージがまだ普及されていない時代だった。腹の弱い小坊は腹巻きも必需品である。センセーは寝冷えを余程おそれていたに違いない。

 お泊まりの恒例行事として、枕投げがあるが、その防止のため、夜回りを強化する。こちらも枕投げをしたい。お互い、意地の張り合いとなり、寝不足となって、朝を迎える。

 持参した水筒の中身(それぞれの家から持ってきた水道水・および井戸水)を前の日に廃棄させて、朝、熱いほうじ茶を冷やして水筒に入れる。日光の生水は厳禁で、蛇口には生水を飲んではいけないと札がついてあった。歯磨きのとき、少し、生水を口にしてしまう、そんな時、真面目な学級委員はセンセーに、口に入つてしまった生水を飲んでいいかと真剣に尋ね、センセーは困った顔をするだけで、答えてくれなかった。

 昼飯として、そぼろ弁当が用意され、それを持って、中禅寺湖へ行くため、いろは坂をバスで通過する。車酔いの常連はみごとに酔い、バスの運転者さんから気付け薬として、ウイスキーをキャップ一杯飲ませる。それで、車酔いは直った。ほんとうかな?

 華厳の滝などにも行き、ここで記念撮影。もちろん、東照宮でも記念撮影をする。そして、また、泊まって、無事に帰宅となる。小坊には日光は団体行動として行っただけで、その史跡名所について考えるなんて気持ちはさらさらない。

では、また・・