ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

豆を食べて、マメ人間になろう!

 豆は健康にいいと言われて食べている。

 主には、酒のつまみとして、食べるのだが。一番好きなのは塩ゆでの枝豆がある。

 一時、消化に悪いといって、枝豆の包まれている薄皮があり、指で押すと、ツルリとして剥く。いつ頃までだろうか、塩ゆで枝豆を食べるたびに薄皮を剥いて、食べていた。枝豆の皮と薄皮を丁寧に並べて、冷えたコップにビールを注いで、飲んでいた。

 もう一方の塩ゆでの豆の王、そら豆はガキの頃、まったく苦手だった。匂いがだめで、足の裏の匂いに近いと今ではわからないが、そんな風に錯覚してしまい、食べられなかった。

 大人になり、そんなことをすっかり忘れた頃、枝豆を切らしたので、何も考えずに、そら豆を茹でて、食べた。枝豆とは違って別な味で、絶妙な味として喜んで食べていた。

 まめになるから、豆料理はいいと語呂合わせで言われても、小学生の給食時にはまったく通用しないワードだった。大豆と昆布のしょう油煮がおかずで、それと食パン(マーガリンも控えている)の組み合わせは和洋折衷の失敗例としてあげたい。カロリー至上主義がここまて到達してしまったのだ。

 そんな小学校の給食がトラウマとなり、すっかり豆料理は苦手となる。そのせいか、ワタシはマメ人間ではなく、大雑把人間である。マメ人間には憧れる。特に、女性にマメな人間は一目置く。

 友人に、女性にマメな人間を知っている。その友人、同年配の女性(見知らぬ女性ではない。知人の女性である。もし、見知らぬ女性ではこれ、ナンパである。)を見掛けると、何か一言、声を掛けるのだ。挨拶でも、なんでもいい、ともかく声を掛ける。声を掛けると女性は何かしらのアクションがあると友人は力説する。

 ワタシもその友人の説に乗っかって、女性に声を掛けた。美容院に行ったの、と答えが返ってきて、予想外の答えで気が動転してしまい、苦し紛れに、その頭、いくらしたの、と言ってしまった。その女性の顔が歪み、そして、黙ってしまった。以来、ワタシを見掛けると、冷たい視線を向ける。

 これに懲りずに、ワタシは豆料理を無理してでも食べるのだが、どうしてもマメ人間にはならず、気がつかない、鈍くさい男のままであった。せめて、マメな人間になりたい、マメ人間になりたいと唱えながら、塩ゆでの豆でも食べて、酒をぐいっと飲み干して、自分の鈍くささの憂さ晴らしをする。そして、悪酔い街道を突っ走るのであった。

 では、また・・