ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

夏休み、記憶にあることは・・(小坊編)

うなぎなんて食べられなかった

 昨日は土用の丑の日。ガキの頃は土曜日にうなぎを食う日(ワタシの頭の程度がわかってしまう)と思っていたが、ガキの頃、うなぎはスーパーには売っていなく(魚屋さんには土用の丑の日、特別に売っていたが、買っていたお客は少なかったと記憶する。)今よりもうなぎはさらに高価で、まったくご縁がなかった。わが家は土用の丑の日だからって、関係なく、暑い日はカレーライスを食べていた事を覚えている。トーチャンは瓶ビール、キリンラガービール、つまみとして、枝豆でテレビは野球中継、勿論白黒ブラウン管には巨人戦が映っていた。

夏場は生もの厳禁

 そう言えば、生ものは食べなかった。刺身、にぎり寿司は夏場は食べず、秋口の頃になるとようやく食べることができる。その頃でもまだまだ生ものはハードルが高かった。夏場の寿司はいなり寿司、のり巻き(中身はカンピョウ)だった。

夏休みに少年野球チームに入団するが・・

 地域の少年野球のチームに入った年、翌日が試合となり、今日はアイスなど冷たいものは腹をこわすから食べてはいけないとおふれが出た。夏練習の時、水分補給は厳禁だった。

 ワタシは2軍魂に溢れて、2軍チーム、ライト・8番、それでもレギュラーではなく、試合の大勢(負け試合)が決まっている時に代打で出場し、見逃しの三振という体たらくである。

 この監督、よく言えば、熱血。悪く言えば、瞬間湯沸かし器の持ち主で、カーっと血が上り、見逃し三振のワタシに向かって、お前はクビだあ と叫んだ。ワタシは見逃し三振のショックで、監督からそんなことを言われていたことはまったく耳に入らなかった。友人から帰る間際、クビのことを言われて、あっ、そうなんだ とまったく気にならず、その時、野球って見るのと違って、やるのはしんどいと思ってしまった。清々した。

夏休みの午前中は子供番組三昧

 午前中に夏の宿題を片付けるようにとプリントで指導されていたが、午前中はNHK教育テレビを見ていた。「はたらくおじさん」には記憶がある。カーチャンも教育テレビを見ているので、腹立たしいが文句が言えなかったのだろう。

夏休みの昼食は

 昼食、暑いから、毎日、冷や麦で参ってしまった。文句を言うと、今度は肉屋さんのコロッケが続く。毎日、続くと、油でしつこくなる。また、文句を言うと、今度は連日の冷やし中華だった。カーチャンは昼食を作ることに嫌気が差し、早く学校が始まらないかとワタシが食べている時に露骨に言い放った。

その頃でも夏は暑い!

 その当時は冷を取るものと言えば、エアコンなどはなく、よくて扇風機。その頃も夜は熱帯夜。寝付きが悪かった。蚊取り線香の香りを感じながら、汗を拭き拭きしながら、寝苦しい夜を迎える。

では、また・・