ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

ああ、読書感想文ってそう簡単ではないさ!

国語の王道の作文と言えば、読書感想文です

 小坊の綴り方教室としては醍醐味は読書感想文であろう。読書嫌いな小坊でさえも、本を読まなくてはいけない。でも、ワタシが小坊の頃は、読書感想文について、小坊向けの読書感想文についてのうんちく本って見当たらなかった。だから、ダチの話やカアチャンのご卓越した提言などをいろいろと聞いて、エッセンスを集めて自分なりの読書感想文のやり方を考えたが、これがまったく箸にも棒にもならない噴飯ものとなってしまった。

 本を読んでも感動の波が寄せては来るものではなく、子供がぴちゃぴちゃとバタ足でできる波程度で、でもバタ足をやっているのだから、水面を叩く音だけは水しぶきを立てながらでかい。口だけ番長がバタ足した感じである。

 本を読んで、即感じたことは、感動した!おもしろかった!で、その感情の上面を剥がしたら、何もない残っていない。まさに軽薄な感動だ。そんな感想だから、読書感想文なんか書けっこしないのだ。

ワタシなりに読書感想文は考えたけどね

 ワタシなりの読書感想文の傾向と対策として、どうするか?まず、原稿用紙のマス目をともかく埋めなければならない。日記と同じ思想である。まあ、しようがない、頭がこれだから、こんな貧弱な思想しか思いつかないのだ。

 まず本編の文章をやたら引用するのだ。長く、長く引用をし、そして、

 最後に印象的な文章に心が揺さぶれた

 と書き込むのだ。これを乱発して、原稿用紙のボリュームは稼せげる。中身は薄ペラな感想となっているが、そんなことは既に承知済みで、開き直っている。こんな読書感想文は噴飯モノだけどまあ、ともかく提出優先するしかない。

受け取った読書感想文は救いようもない書き物だ

 センセーに提出して、やれやれと安堵していると、すぐに返却となる。ここで、またチェックを受けてしまうのだ。当たり前の話。救いようもなかったのだろう。呆れて物が言えないのだろう。センセーにバツをつけられてしまいひねくれている性格の持ち主なので、逆恨みをする。センセーはチェックしながら、怒りを押さえてくれたとは本人は決して思わないのだ。

現時点での読書感想文・能力について

 大人になっても、今(ジジイ)でも読書感想文は苦手である。読書は好きになったが、読書心を文章化するのは苦手。本を読んで、心がワサワサになるけど、繰り返して言うが、文章化がまったく空振り三振となる。バッターボックスに入る前はブンブン素振りをして、一発当たったら、ホームランかもなんて期待されるが、打席に入ると体たらく。今では、オレって、読むのは自信あるけど(この頃、老眼で読書量は大幅にダウン)、その心の表現力は難しいんだよね。男は黙って、読書するんだ、なんてほざいている。

 

では、また・・