ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

夏のお盆、そして、帰省について、地元育ちは行くところがない。

夏休み、8月中旬になると

 ガキの頃、8月の盆休みになる頃、いつも退屈な日々を送り、何もすることがないとテレビを朝から見ていた。朝から高校野球を見て、夜になるとプロ野球(巨人戦、だって、それしか中継していなかったんだもん)を見て、眠れない熱帯夜を迎える。汗びっちりとなり、朝起きると汗臭いパジャマになっている。毎日だからって、カアチャンはパジャマを洗濯機にぶち込むが、洗剤は入れずに水洗いだけする。

 本当は洗剤を入れて欲しいが、文句は言えない。その頃は友達は親の故郷へ帰省し、地元にいるのはワタシくらいしかいない。両親は地元生まれで実家は電車に乗っていけるから、帰省なんて習慣はない。故郷に戻って、昆虫取り、魚採りなんて大地と海に触れることはできない。地元の遊びは空き地で野球三昧の日々を送っていたから、自然に馴染むことはなかった。友達がいなくなってしまうと、テレビくらいしかやることがない。カアチャンにどっか連れてくれって叫んでみても、相手にしてくれない。昼食を作るのが面倒だと愚痴られるだけである。

 帰省できない淋しさは経験しなければわからない。故郷は今、住んでいる所だから、美化することもなく、生活臭が有りすぎて、麦わら帽子を被って、虫を追い掛ける光景は浮かんでこない。お盆の頃は一人寂しく空き地に行ったけど、誰もいなく、蝉が鳴く音を後にして、家に戻った。そして、また扇風機をつけて、テレビを見ていた。

8月のお盆ではなく、7月のお盆だった。

 家には仏壇がある。お盆には墓参りなんて行かず、お盆は7月で、祖母が亡くなった新盆の時、お飾りをした記憶があるが、それ以来、仏壇にお線香を上げることしか7月のお盆ではやらない。お彼岸には両親と妹と墓参りに行くが、墓参りだからと云って、特別なことはせずに、何かおいしい物を食べるわけではなく、ただお墓に云っただけである。

母の実家には行っていたけど・・

 幼稚園の頃はよく、母の実家に行っていた。小坊になると、夜、車で母の実家に行く。夕食を済ませて行くのだから、小坊にとっては見たいテレビ番組は見られず、とか言って、子供たちだけを家に置いて行くわけいかないので、一緒に行くからつまらない時間を過ごす事になるのだ。帰りは妹は寝てしまい、ワタシは寝られず、車窓から眺めるテールランプを見つめていた。カーラジオはNHKでニュースが流れていた記憶がある。家に着くと、眠い目を擦りながら、風呂に入る。

 では、また・・