ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

そう言えば、夏休みの間、登校日ってあったよね 夏休みの宿題はまだ終わっていない!

登校日、当日

 小坊の頃、夏休みの間、一日だけ、登校日があって、毎日、家にいたので、カアチャンが登校日には学校へ行かなければならないと言われて、6年間、一度も休まずに、登校日には学校へ行った。ダチは親の帰省で登校しなく、毎年、一人だけ取り残された気持ちで胸がいっぱいになってしまう。学校に出て来る小坊たちはクラス全体数の多くて1/3くらいの人数だ記憶している。

センセーの給料袋を覗く

 もう、いつだったかは記憶が無く、記憶があるのは、その日はセンセーの給料日だったことだけ分かっていた。夏休みでない、たぶん秋頃だったと思う。センセーの給料袋をセンセーの引き出しから見つけて、ませた同級生(女の子)がコンピューターで印字された、細長い、風に吹かれたら、どこかへ吹き飛んでしまうこころもとない明細書を見ていた。いくら、貰っていたか、疎いワタシにはまったく分からなかった。

夏休みの宿題はどうなっている?

 センセーは夏休みの宿題をちゃんとやっているかどうか聞かれて、ワタシは毎年、まだ、少ししかやっていません、と答える。そこから、センセーは宿題をうまく進めるアドバイスなんて、まったく言ってくれずに、ああ、そのなの と他人事のようなつれない返事だった。9月になり、始業式が始まり、宿題提出の日になると、鬼のような形相で未提出の宿題について、説教を始める。だから、登校日に宿題を見て欲しいと高学年の頃は思ったけど、センセーには言えなかった。

高校野球が決勝の頃って、夏休みの宿題のことが過ぎっていく

 登校して、小一時間で下校となり、バラバラで帰宅する。カアチャンはボクを見ると、昼ご飯、用意しないとね、と言って台所へ向かう。テレビのスイッチをつけて、ただ時間が経っていく。その頃は高校野球はもう終わってしまったのか、定かではない。高校野球が決勝の頃、ああ、もう夏休みは終わりになっていくとしんみりとなり、恐怖の宿題をやっていない、どうしようと思案ウィークが始まる。始めから、ちゃととやっていればよかったと毎年思うのだか、絶対にやらないのだ。30日、31日と焦る心を思い出すと今でも心が苦しくなる。壁の時計をちらりちらりと眺める時が多くなり、どうしようと後悔だけが虚しい心を占領される。

 何を考えても、思い浮かばす、万事、これにて終わったと観念するしかない。ひやりとした気持ちが擡げて、いやーな感じで9月を迎える。

では、また・・