ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

ミュージック・ブレス・ユー!! 角川文庫/津村記久子 を読んで

こんなことを思い出した

 高校3年生の頃、年開けには大学入試が待っていた。3年生になった頃には理系、文系に決めなければならない。迷いはなかったが、もう戻れないと諦めの感じがあった。理系に突っ走ったが、後悔はないと言うわけではなく、時間があったら、文系に進路変更したかもしれなかった。一番得意の科目は日本史、現代国語だった。致命的な科目が古文、漢文で赤点ギリギリセーフで、入試問題を一度見たとき、まったく手を出せなかった。古文には中学の頃から苦手意識がある。授業では学んではいなくて、高校入試の時に古文の問題が出てしまい、試験会場で汗をびっしりと掻かされてしまった。トラウマだ。

 高校3年の頃は現役で受かろうとは思っていなく、入試全敗でもしょげなかった。心は冷めていたのだ。高校生活、最後の1年なんてセンチにならず、さらさら考えてもいなく、入試を受け、進学が決まったら、高校生活の終了を意味していた。だから、高校3年生だからって、何かの区切りになるものは全くなかった。

 高校3年生になった。だらだらと高校1年生、2年生と進む。受験勉強をしているのか、していないのか、はっきりせず、ただ、だらだら高校生活を送っていた。赤点は取りたくない、勿論、留年、落第はもってのほか。でも、勉強だけの生活はいやだが・・深夜放送を聞いて、憂さ晴らしをしていたくらいの低レベルな生活だった。青春で輝いていた時代なのだが、まったく暗いものだ。受験が一番の原因かとその当時は思っていたが、そうではなかった。10代後半の特有の憂鬱が高校生活を暗くする原因だと今は思う。

 二十歳になれば、少しは自由になれたのだが、体は一人前、心はまだまだ半人前だから、そのアンバランスが刺激がなく、日記を書いても白紙が目立つ生活となってしまったのだろう。

 高校生活はいったい何だっただろうかと考えると、深夜放送を聴いていたこと、ダチとウダウダと下校していたことなど、トホホなことばかりな出来事ばかりだった。

 その頃は好きな場所で、好きな時間で音楽を耳に入れることはできなかったので、家に帰って、ラジオにスイッチをいれて、洋楽を聴く。ラジオから洋楽がよく流れていた。現在進行形のヒットチャートの曲に溢れていた。

 電車通学だったので、本を読んでいたことを思い出す。車内ですることと言えば、本を読むことか、ダチとおしゃべりするくらいだ。マックに寄ることはなかった。最寄りの駅にはまだなくて、喫茶店に行くにはちょっと度胸がある。駅前の喫茶店は不良学生のたまり場になっていたのだ。その頃の不良学生はツッパリ、リーゼントで、小心者は長髪だった。こんなワタシも肩まで伸ばしていた。

では、また・・