ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

交通部っていったい何だったの?

 前回、校内信号機について書いたが、すっかり忘れていたことが思い出してきた。年を取ると、こういうことってあるんだよね。ガキの頃はジイサン達って昔の事はよーく思い出して、今の出来事は覚えられないなんて冷笑していたが、ジジイになるとそれがよーくわかる。

 小坊5年生の頃、交通部ってのが部が設立されて、ワタシは有無を言わさずに、センセイから交通部へ強制的に入れさせられた。本人の希望なんて全く聞かないのである。無視である。センセイにとって、便利な小坊だったのだろう。

 一年に一回の家庭訪問の時、トーチャンが家にいて、センセイに言うのである。殴ってもかまいませんからってセンセイに訴えていた。

 交通部の役目は廊下の安全歩行の励行、つまり、廊下を走るなである。交通部という腕章をつけて、笛も待たせて、走っている小坊達に笛を吹いて、注意するのだ。また、下校時には道草を食っている小坊達を早く、帰れと迷惑な指導をする。はっきり言って、嫌な役目で、これは憲兵である。小心なワタシは憲兵役などさらさらなりたくなく(みんなから嫌われたくない)、笛を持たされても、笛吹かず。下校時には道草を食っている連中を見て見ぬふり、正義感などなく、他人の目を気にするだらけた憲兵であった。

 ある時、正義感たっぷりと言うより権力が大好きな小坊と一緒にいた時、テキ屋さんが小学校の裏門前でピイピイ鳴いているひよこを売っていた。低学年(2~3年坊)達が人集りで、小坊憲兵の目に入り、帰れ、帰れ、と低学年小坊を追っ払った。テキ屋さんは怒りもせずに黙っていた。今から考えると、天下の公道、何を売ってもお咎めなしのはずだ。小学校にテキ屋さんが怒鳴りこまれたら、どうしていいかわからなかっただろう。小坊憲兵に対しても恫喝されなねない。おお、恐ろしや。ワタシはその時、知らん振り。家に帰り、明日、小坊憲兵に何か言われるのではないと嫌ーな不安感があった。トーチャンにそのことを言うと、商売妨害になるから、何もしなかったことはまあ、正解だろうけど・・難しいなあ。まだ、ガキだったので、テキ屋さんの恐ろしさを知らなかったのだ。

 案の定、翌日、ワタシは小坊憲兵に昨日の行動を非難された。仲裁に入ったセンセイは事情を知ると、顔が曇る。小坊憲兵はワタシがお咎めを受けるだろうと思ったのだが・・。

 それから、2、3日が経った。交通部は解散となり、廊下はまた小坊達が走り回る。また元に戻ったのだ。

では、また・・