ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

宴会課長にとって、この季節になった時に・・・その1

 11月になると、くぐっと寒くなって来る。暖かいもの(鍋など)が恋しくなる。ここで、宴会課長(宴会部長ではないところがミソ)のワタシは胸騒ぎがするのだ。年末は忘年会と社内行事では一番重要な催し物が控えている。宴会課長とようやく呼ばれるようになったのには、長い道のりはあった。当初、宴会は苦手で、出席(強制出席)しても、長ーく感じて、どう過ごしたらいいのだろうかと茫然とトイレで考え込んでしまった。

 ある時、先輩から宴会も仕事だと割り切ってやってみたらと言われて、この年の宴会を乗り切ると、今までのような苦虫を噛んだ顔にはならず(宴会の時はまず全体の集合写真を撮る。この時の顔が仕事と割り切るようになったら、まあまあの笑顔で写っていたのだ)に至っている。このことを繰り返し体験してくるとどうにか宴会アレルギーが遠のいてくる。そこで、常人は安定するのだが、ワタシの場合は、宴会で芸の表現者へと進化してしまった。

 恐る恐る舞台に上がり、社員に受けるとこれがたまらなく快感を与えられ、宴会最中は脚光を浴びた芸人になってしまうのだ。芸人、三日やったらやめられない ということわざは嘘ではない。ワタシの上昇志向がくすぐったというのか、もう止まらない。どんどん宴会芸は進化していく。

 勤めていた会社は宴会芸を披露する機会は二度あり、社員旅行、忘年会で、重要度と言えば、社員旅行であろう。宴会大好きな社長は重要視しているのは忘年会で、忘年会の時は招待客が来るからだ。忘年会の舞台は選抜された宴会芸人で、どちらかというと受け狙いは少なく、歌を歌えば、絶唱型で、聞いて唸らせる芸人が多い。ワタシみたいな宴会芸人は時間が余ったときに舞台に上がるのだ。万人に受ける芸でないので、スペル場合も多い。しかし、忘年会の宴会はよそ行きの洋服を着たようなものであった。

 それに比べて、社員旅行の宴会は社員だけの仲間内で、ある程度脱線してもご愛嬌で済ませてくれる。また、ここで高得点が得られたら、忘年会で再び披露することがある。(高得点イコール忘年会の余興大会参加とはならない。自主規制はある。検閲があるので、自由な表現度は少ない。つまり、あまり面白くはないのだ)

 社員旅行の宴会の準備は仕事並みに時間と金(自腹)をかける。個人参加ではなく、グループ参加で集団行動を宴会芸で習得させるという変な社員教育に叶っている。

 一度、社員旅行、兼、忘年会となり、一年に一度しか宴会芸が披露できなくなり、いやが上にも盛り上がった年があった。

 その年、年齢別にグループとなって、宴会芸を競うこととなった。この時の社員旅行の幹事は次期・宴会部長と呼ばれていたお祭り好きの猛者で、宴会を盛り上げるコツを心得ていた。

続く

では、また・・