ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

宴会課長にとって、この季節になった時に・・・その2

 当社の最大の社内行事である社員旅行においての宴会は、たかが宴会、されど宴会という些細な思想以上の位置で、日頃の業務など吹っ飛ばして、勤務中に余興の練習をするなんて、とんでもないとは思わない。練習風景を見掛ける宴会好きな経営者は目を細めて、しょうがない奴らだな、と微笑むのだ。これだから無視できないのだ。

 われわれグループは下馬評として優勝候補で、われわれもかなり意識してしまうが、まだ演目が決まっていないので、焦りがでてきた。他のグループは勤務中に余興の練習を励む。応接室でお客人の相手をしていると、歓声が聞こえ、客人から、何かお祭りでもあるのですか、と尋ねられてしまい、苦笑せざるえない。

 他のグループは余興の練習はますます盛んになり、通しの練習もとっくにこなして、あとは当日を迎えるだけち自信たっぷりとなり、いよいよ、わたしたちは焦り始める。情報戦はとっくに開戦されて、われわれのグルーブの敗北予想が流れ始めていた。われわれだけが 取り残されてしまったのではないかと焦燥感がもたげてくる。

 定時後、われわれは集まる。あと、もう一週間ない。どうしようかと思案する。グループの知恵袋と呼ばれている同僚が言い出す。抵抗感はあるかもしれないけど、優勝を狙うなら、これしかない。案を言う前に、覚悟してほしい、と問われて、同僚に白紙一任という形を取って同僚が案を示した。海パン一丁で踊る案だった。一人だけは場違いな衣装を着飾って、歌を歌い、それに合わせて海パン連中が踊るのだ。聞かされた者たちは 参ったなあ、これって見世物だよ、とたじろいたが、一任したので、やることになった。

 海パンはそれぞれが用意する。できるだけ派手めなもので、競泳タイプ。歌を歌う人(ワタシが選ばれてしまった)は銀座・博品館パーティーグッズ 売り場で買った。

踊り部と歌う部に分けて、それぞれ一週間、きっちり練習をする。ワタシはまず、歌詞を覚えるため、通勤時でがんがんその曲を聴きこむ。トイレの中でもひたすら聞く。週末は一人でカラオケ店に出かけて練習をした。ここまで、やるとは自分でも驚いた。

 当日、社員旅行へGO!。だが、グループのメンバーの一人が休んでしまった。彼はプライド高い、院卒の技術屋さん。危惧していたのだが、予想通り、土壇場で休んでしまった。彼と同じ職場の後輩がこのプライド男、相当参っていたらしい。海パン姿にはどうしても納得がいかなく、悩んでいたと言う。

 まあ、しようがない、と他のグループメンバー達は簡単に言い、宴会制覇と旅行の出発時、勝手に缶ビールで前祝いを揚げた。結果、もちろん、優勝はしたのだが・・。

社内評論家(彼らは基本的に余興には参加しない。その場はトイレと言って逃げてしまう。でも、しっかり、宴会は見ている。そして、酒ばかりを飲んでいたのだ)たちが言い始めた。

 本業の方はどうなっているんだね、優勝した諸君たち

 では、また・・