ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

昔は給食でも、クリスマスケーキを出して頂いた!

 小坊の給食は市立の給食センターで大量生産がブリブリ言っていたものだから、カロリー重視、栄養重視で、旨い、不味いなどは贅沢と まかり通っていた時代で、これを食べさせられた小坊はたまったものではない。給食は絶対に残してはいけないもので、こうなると神聖なものとなってしまった。だから、センセイがこれはまずいと判断しない限り、小坊達は残せない。給食時間が過ぎても、気持ちが悪くなって、完食は当たり前だった。ウェーと吐き気がこみ上げても、ここは我慢、我慢。食べ物とは思わず、エサと思っていた。

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 クリスマスが近づくと、多少は小坊達の悪評も耳に入るのか、どうか知らないが、ケーキもどきをささやかに小坊達に配るのだ。(給食費は支払っているから、ただではないのだが、給食センターは支給してあげると上目路線である)ケーキもどきはクリームが乗っている。三角ショートケーキを真似ているのだろう。赤いゼリーがちょこんと天辺にのっかり、下段にはゼリーの小さい塊(たぶん、ミカンを想定しているのだろう)が挟まれている。これが甘さ控えめで、不味いのだ。このケーキもどきは白の箱に入れられて、家で喰えと云いたいのだろう。しかし、この白い箱は華奢ですぐにでも壊れるのだ。だから、即、その場で食べなければならない。給食センターのお偉いさんはそんなことは思いもよらない。それよりも、低予算で苦労しているのだから、小坊達よ、我慢せいと云いたいのもよーくわかるが・・

 その季節にはクリームシチューがよく出た。パン食にあうので、この時は完食であった。おでんもでるが、パン食には合わない。参ったなあ!

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 その頃って、クリスマスのムードが華やかだった。駅前の商店街はクリスマスソングが流れていた。洋楽ではホワイト・クリスマス(ビング・クロスビー)で、テレビでも映画ホワイト・クリスマスが再放送をしていたことを思い出す。

 ワタシの近くの商店街もクリスマス向けの歳末くじ引きをやっていた。当たる景品はクリスマスとは全くの無関係で一等品は電化製品だった。ワタシは五等が当たった。五等の景品はバターケースだった。ワタシは喜んだか、家族はあまり無感動だった。元々パン食ではなかったかもしれない。くじ運は強い方ではなく、今まで最高は五等のバターケースだったと思う。

 ローストチキン(アルミホイル付き)をカーちゃんが買って来て、トーチャンはふるえながら、ビンビール(ラガービール)をコップに注いて飲んでいた。トーちゃんは酔っぱらうと、うちは仏教徒だから、クリスマスは関係ねえ とおだを上げていた。勿論、家にはツリーなどはなく、妹は不満だったに違いない。

では、また・・