ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

小坊が過ごした年始は・・

 年が明けて、元旦になり、朝はゆっくりと起きて、遅い朝食となる。雑煮が大嫌いなワタシと妹はカーちゃんが大晦日に炊いたご飯を食べる。三が日に商店が閉まっていた頃は買いだめをして、三日に分けて食事をする。大晦日にカーちゃんは買い物籠を持って、買い出しに行く。元旦の頃はマグロ刺身(毎年出るわけではない)が出る。タコ(茹でているもの)は持つので、三日間連続で出る。一度、酢だこをトーチャンが買ってきたが、固く、また不味かったので、いつものタコとなる。子供の頃はタコがあまり好きでないので、おかずにはできなかった。

 正月の食卓には、黒豆(これは甘く煮付けてあるので、おかずにならず)、田作り(これも甘く煮付けているのでこれもだめ)、栗きんとん(これもおかずにはならない)、なます(カーちゃんが好きでこれはカーちゃんが作るが、これもおかずにならない)、煮物(サトイモ系でこれをおかずにする)、カズノコ(高価で毎年出るわけではなかった。これも余り、うまいとは思わない)、スジコ(正月のために買ってもらい、これをメインのおかずにして食べていた)、こはだ(これは食べていたけど、おかずにちょいと難しい)、かまぼこ(紅のかまぼこはトーチャンまずいと言って、白のかまぼこだけだった。これもおかずは難しかったが、刺身醤油をつけてどうにかご飯で食べていた)などが飾られる。

 お屠蘇はガキの頃は飲んだが、一度飲み過ぎて、気分が悪くなったので、それからはまったく飲まなくなってしまった。正月の子供向けの飲み物なんて、お屠蘇くらいで、思いつくものもない。この正月辺りで酒の初体験(特に日本酒はねえ)を受ける。

 一段落すると、お年玉獲得行脚が始まる。従兄弟などに会い、小坊時代は一緒にトランプなど遊んで、また、次の家と行く。同世代がいないと、これはつまらない、と言っても、大人たちの会話の中に入るのも壁があり、妹と二人で時間つぶしで親戚っちの白黒テレビを見ていた。

 夜になり、帰宅すると、妹はすぐにテレビの前に行き、新春かくし芸大会(8チャンネル)を見る。ワタシも一緒に見る。英語劇、中国語劇などを見た記憶があり、ピースサインが流行ったころ、中国語でタレントが言っていた。学校が始まったら、ピースサインを出して、中国語で言う。でも、一週間後には、元の日本語に戻ってしまった。外国語劇ってなんだったんだろうかと今を思う。

 正月スポーツ番組は見たのは、天皇杯サッカーで、従兄はこれを見ながら、酒を飲むのが好きだったことを思い出した。

では、また・・