ゆでカエル世代の日記

1957~66年の間に生まれた世代です。

暑い、暑い、とーちゃんの社員慰安旅行(日帰り)に付いていった話

 暑いなあ!とぼやき、ショッピングモールで一休みするかとテキトーに置いてある椅子に座って、涼んでいた。ああ、暑いと首筋に流れる汗を、こ奇麗ハンカチで拭いていた。もう、学校は夏休みだよなって・・

 そうだ、急に思い出した!

 ガキの頃、トーチャンの職場でバスを仕立てて、千葉県辺りだと思う。「すだて」と言って、網を仕掛けて、その網の中でたも網を担いで、魚を捕まえるのだ。捕まえる人たちは海パンに着替える。ガキだったので、網を持たされるだけで、喜んでいた。海面を網でゆさゆさ揺する。これでワタシはOKだった。これを遠く眺めていたトーチャン、近寄って、

「何にも捕まえていないのか」

と呆れた顔で、トーチャンの網には魚が泳いている。トーチャン、

「よし」

と言って、

「お前、魚を捕まえてみろ」

と網に入っている魚を解き放つ。

 ところがである。魚の生命力が優ったのだろう。どっかに逃亡してしまった。トーチャンはわが息子の情けなさに呆れてしまい、ああと深いため息を吐いて、どっかの漁場に行ってしまった。馬鹿なワタシはずーっと逃げた魚を探し、網を左右に振っていた。

 魚獲りが終わると、捕まえた魚を天ぷらにして、頂くという手順になっている。屋形船の屋根がない舟で、魚を頂いた。今年のような危険な暑さではないので、まあ、のんびりと日焼けしながら食べていた。

          ☆              ☆

 あと、6月の頃だったと思う。水郷に行った。バスの中、その頃は飲み物なんて出てこなかった。世の中には缶はあったけど、バスの中で冷蔵庫なんてないからね。ガキは水筒を持ち込んで、飲むけど、中身は麦茶だった。すぐに無くなってしまった。途中で、自販機ってことはない。自販機がまだ世の中に広がっていない頃だった。

 カラオケもなく、バスガイドさんが歌詞が書いてある大きな模造紙を出して、手拍子だけで歌うのだ。万人が歌うものだから、あの頃、軍歌が多かった。覚えている曲は麦と兵隊で、♪徐州、徐州と人馬は進む♪

 ワタシも手拍子をした。

 この時もポンポン蒸気船に乗って、菖蒲を見るのだか、蒸気船はスピードを上げて、水しぶきをばあーっと飛ばして進む。だから、菖蒲を楽しむなんてものでない。

 記憶しているのは、川べりにアベックが寝そべっていると、

「よっ!お暑いですね」

と声を張り上げて、冷やかすのだ。勿論、酔いながら冷やかす。

 その時、冷やかしに必要なボキャブラリーをちゃんと覚え、高校時代、修学旅行の時、アベックを目の敵にして、冷やかしを飛ばしていた。

では、また・・